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ドラクエ以前の国内パソコンゲーム(要約)
はじめに
このページは、ネット上の下記の記事(第1回と第2回)への違和感をきっかけにして書いた一連の文章を要約したページです。
関連する一連の文章の概要をひととおり把握したい方は下記のリンク先を参照ください。
とりあえずこのページの要約を読みたいという方は「要約のトップ」へ移動するか、下に示す要約目次を参照ください。
なお、この要約では、全体を把握しやすくするために、結論だけ抜き出しておおざっぱにまとめてあります。要約だけを読むと何らかの誤解をする可能性があるので、詳細は「各文章の本文」の方で確認していただければと思います(要約の「見出し」の右にある「▼」からも各文章の本文は閲覧できます)。
要約目次
新規に追加した文章
月刊ログイン1985年12月号に掲載された堀井雄二さんの記事について文章を書きました。
当時のパソコンゲームの周辺文化の文章にパソコンノベルスの話題と、当時の月刊誌に関する文章を追加しました。
「PCゲームの文化をファミコンへ伝えたドラゴンクエスト」の文章を英語に翻訳したページを作ってみました。
集英社オンラインに掲載された記事(「国産RPGクロニクル」という書籍の一部を再構成したもののようです)をきかっけにして文章を書きました。
当時のパソコンゲームの周辺文化(付属品やメーカーとの交流や雑誌文化)などについて紹介する文章を書いてみました。パソコンゲームについて語るときの参考にしてもらえたら幸いです。
今まで調べた内容を短くまとめて、初代ドラクエを紹介する記事を書きました。概要をざっとつかみたい方は、ぜひ読んでみてください。
各文章の本文へのリンク
各文章の本文へのリンクは下記です(かなり長文です)。
※各文章中で述べている「RPG」という単語は、基本的にはパソコンを含めたコンピュータ上で動作するRPGに限定しています。テーブルトークなどは含めていない点にご注意ください。
※また、各文章内では昔のゲームについてかなりネタバレをしています。必要最低限の引用におさえているつもりではいますが、特にストーリーの比較などは具体的な例示がどうしても必要なため、かなりくわしく記述している部分もあります。あらかじめご了承ください。
※それから、文章中の各ゲームの発売日は主に「PC88ゲームライブラリ」をもとに記述しています。当時の情報は正確な記録が残っていないことや機種の違いによる発売日のずれなどもあるため実際の発売日とは少しずれている可能性があります。
※各ゲームの発売時期は下記を参照ください。
※電ファミの他の記事に対する文章もいくつか書きました。
要約:ドラクエ以前の国内パソコンゲーム
この文章では「ゲーム語りの基礎教養」の記事について述べている。
長文の本文はこちら→▼本文へ
はじめに▼
- この文章を書いた理由(「ゲーム語りの基礎教養」の第1回目と第2回目の記事に強い違和感があった)
- 特に、当時のRPGが「逆風」にあったという指摘が自分の感覚とは全く異なっていた。
自分が考えるドラクエの功績について▼
- パソコンでしか遊べなかったRPGをプレイ人口が多いファミコンで遊べるようにしたこと。
- 中高生以上が主な対象だったRPGを小学生やRPG初心者でも楽しめるようにアレンジしたこと。
- 宣伝の方法を工夫してPCゲームを知らない人たちにRPGを広めたこと。
ドラクエ販売時に国内RPGが逆境にあったのか?▼
- 1985年の年末は「ザナドゥ」「ハイドライド2」「コズミックソルジャー」「トリトーン」「夢幻の心臓II」「地球戦士ライーザ」「パラディン」「ルパン三世カリオストロの城」などの新作RPG発売ラッシュが起きるほど国産RPGがブームになっていた。
- PCゲーム関連雑誌でも当時のPCゲームの分野でのRPGブームは確認できる。
- 「初期の国産パソコンRPGとAVGの発売時期」に状況をまとめた。
夢幻の心臓シリーズは詰め込みすぎて失敗したのか?▼
- 「夢幻の心臓II」は3D迷路を排除するなど、遊びやすいシステムを採用していた。
- 例の記事は、シリーズ全体の話をするように見せかけつつ、ほぼ初代「夢幻の心臓」の話しかしていない。
- しかも、夢幻の心臓シリーズや日本のRPGの蓄積を批判したいがために、「ウルティマIII」について間違ったことまで書いている。この部分だけは、あまりにひどい不適切な内容と言わざるをえない。
- 当時の雑誌では「夢幻の心臓II」を、頑張ればクリアできるゲーム、あるいは、万人向けになっているゲーム、として紹介していた。
レベルデザイン的な考え方はファミコン用CRPGで初だったのか?▼
- マップ上に草原・森・砂漠などをうまく配置してその種類ごとに敵の強さを変えるなど、ドラクエとは別のデザインが採用されていただけ(ファミコン用CRPGのハイドライドスペシャルも同様)。
- 筆者のいうレベルデザイン的な考え方そのものは初ではないし、前例のない仕事でもない。
- 「夢幻の心臓II」は、同じフィールド上に強い敵と弱い敵を混在させつつ、ちゃんと弱い敵から順番に倒していけるようになっていた。それに加えて、別の世界へ行くと強い敵が登場するデザインも採用されていた。
それまでのCRPGでは主人公が死んだらどうなったのか?▼
- この時期にはもう「死んだらセーブデータが消える」のは少数派。途中から復帰できるのがあたりまえになっていた。
- 「いつでもセーブ」「セーブポイント(拠点)でのセーブ」「オートセーブ(町や洞窟の出入り時など)」などが採用されていて「複数スロットでのセーブ」「セーブデータのバックアップ」などの機能を持つものもあった。
- 死んだら城で復活する方法は、ドラクエの前に「ウルティマIV」で採用されていた(ドラクエと同じく死んでも経験値にペナルティはない)。
- 別の文章にも復活の仕組みの解説を書いた。
それまでのCRPGのシナリオにコンパスはなかったのか?▼
- 「夢幻の心臓II」や「地球戦士ライーザ」などは、ちゃんとゴールまで導くシナリオになっていた。
- ただし、対象年齢は中高生以上あたりが想定されていた。それをさらにわかりやすくして、小学生でも追えるようにした点はドラクエの功績と言っていいと思う。
「オホーツクに消ゆ」の何が新しかったのか?▼
- ストーリーの都合で表示する選択肢そのものが変わるタイプのコマンド選択式を名詞と動詞を分ける形で採用した(たぶん)最初のグラフィックアドベンチャーゲーム。
- コマンド選択式を最初に採用したゲームではない(「ミコとアケミのジャングルアドベンチャー」や「英雄伝説サーガ」などの先例がある)。
- 言葉探しをなくしたゲームではない。PC88版では言葉探しを残していた。一方、MZ-80B用テープ版ミステリーハウスは言葉探しが不要だった。
- カーソルの移動によるコマンド選択を最初に採用したゲームでもない。ミコアケや英雄伝説サーガが先に採用していた。「オホーツクに消ゆ」はテンキーで入力する方式(PC6001版はカーソル式と切り替え可)。
- カーソル移動方式は当時のRPGでも採用されていた(例えばPC版「オホーツクに消ゆ」より半年以上前に発売された初代「夢幻の心臓」ではキーボードショートカットとカーソル移動方式のどちらでも入力ができた)。
ハイドライドIIとマルチウインドウ▼
- マルチウインドウ風のシステムについて「ドラクエ開発当時にビジネス用のソフトにしか使われていなかった」というネット上でよく見る指摘は明らかな間違い。ハイドライドIIでも同様のシステムが採用されていた。
- 記事で説明されている「どのメニュー階層にいるか一目で分かる」仕組みも、ほぼ同じものがすでに「ハイドライドII」で採用されていた。
- フキダシの表現はタイムエンパイアやリグラスで使われていて、ドラクエのものは仮にそう感じた人がいたとしても普通のメッセージウインドウ。
- ファミコンの話に限定しても「ハイドライド・スペシャル」がドラクエの前にマルチウインドウ風のシステムを採用していた。
おわりに▼
- ドラゴンクエストの開発がはじまった1985年の年末にはRPGの発売ラッシュが起きていて、「ザナドゥ」「ハイドライドII」「夢幻の心臓II」などはその中でも最先端のゲームだった。
- ドラクエは突然起きた「革命」ではなく、当時の国産RPGの最先端のゲームの先にある「発展」と見るべきだと思う。
- クリスタルソフトは様々なタイプのRPGを開発したすえに「夢幻の心臓II」を完成させ、T&Eソフトは技術的に新しいことを数多く試みる中で「ハイドライドII」を発売している。
- 雑誌でも話題になっていたので、当然ドラクエの開発者もこれらの調査はしていたと思う。
- ドラクエはこれらの国内最先端のPCゲームをベースにしたうえで、パソコンよりもゲーム人口の多いファミコン用のソフトとして開発し、さらにファミコンの主なユーザである小学生向けに、徹底的にアレンジをしたゲームなのではないかと自分は考えている(実際どうだったかはわからないが)。
- ドラクエ以前の国産パソコンRPGにも素晴らしいものがあったことを、ぜひ振り返ってみてほしい。
要約:夢幻の心臓IIからドラゴンクエストへ
この文章では主に夢幻の心臓IIとドラゴンクエストのシナリオについて述べている。
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はじめに▼
- このページでは、夢幻の心臓IIとドラクエに共通するシナリオや演出の細かな違いをまとめている。
王の娘の特徴▼
- 王女を助けるイベントは、夢幻の心臓IIが強気の姫を序盤に助けるのに対し、ドラクエは守られる対象の姫を中盤で助ける形になっている。
ラスボスの居城を見せるタイミング▼
- 事前に敵の城を見せるタイミングは、夢幻の心臓IIが王女を助けた後の中盤で自発的に見るように誘導しているのに対し、ドラクエは最初に城を出た直後に必ず見る形になっている。
人々との会話について▼
- どちらのゲームにも様々な種類の会話がある。モブキャラの会話についてはドラクエの方が若干多様で長め。
- ヒントの出し方はドラクエの方がていねい。ただし、夢幻の心臓IIで場所のヒントが少ないのは地上を探索しやすかった点も影響していると思う。
- ストーリーは人々との会話やマップの状況などで描かれている。
崩壊した地域の系譜▼
- マップで崩壊した地域を表現する手法は、夢幻の心臓IIの「アーケディア城」、ドラクエの「ドムドーラ」、ウルティマIVの「マジンシア」などで採用されている。
- クエストロンでは、ゲームの途中で街が襲われて崩壊する演出が採用されている。
- ゲームの前半に主人公たちの目の前にラスボスが現れて指導者たちを惨殺するファンタジーIII(1987)などもこの系譜と考えられる。
簡単には入れない町▼
- 夢幻の心臓IIのエルフの村が背景のストーリーを描いているのに対し、ドラクエのメルキドはアイテムを使う戦闘で盛り上げている。
- 中ボス的な敵という点では夢幻の心臓IIにも赤き塔のハシゴを守るデュラハンなどが存在していた。
3つのアイテム集め▼
- 最終目的地へ到達するための3つのアイテム集めは、ウルティマIV、夢幻の心臓II、ドラクエでそれぞれ異なるアプローチをとっている。
- RPGには昔から様々なタイプの探索や謎解きが存在していた。
ラスボスの見当たらない城▼
- 最初にラスボスの城と思った場所は、夢幻の心臓IIでは幻影、ドラクエでは本拠地の上の建物であり、どちらも最初はラスボスが見つからない。
- それぞれがラスボスの設定を生かした演出になっている。
- 王女の救出、事前にラスボスの城を見せる、3つの要素を集めてラスボスの城へ行く、最初はラスボスが見当たらない(一部機種のみ)、という演出は「ハイドライド」ですでに使われている。
ラスボス▼
- 2段階に変化するラスボスは、アークスロード、夢幻の心臓II、ドラクエなどで採用されている。
- 初代ウルティマは、だんだん弱くなる方向で3段階に変化する。
エンディング▼
- どちらもラスボスを倒した後で、移動の操作をする形になっている。
- 夢幻の心臓IIとドラクエは、クエストロンのエンディングの別々の場所を発展させた形になっている。
- エンディング以外のクエストロンのシナリオについては、どちらもあまり類似していない。
マルチエンディングについて▼
- 敵の誘いに乗ると別のエンディングになる要素は夢幻の心臓IIにはないが、アドベンチャーゲームの「タイムトンネル」がマルチエンディングを採用している。
- RPGでは「ブラスティ」がマルチエンディングを採用している。
ドラゴンクエストIIについて▼
- 初代「夢幻の心臓」には紋章集めのイベントがある。「ドラゴンクエストII」と同じ「紋章」という単語が使われている。
- 「覇邪の封印」の仲間集めには、行き違いになる演出と、姿が変えられていて人間に戻す演出がある。細かい部分は異なるが、ドラクエIIの仲間集めの演出と類似している。
クリムゾンとドラゴンクエスト▼
- ドラクエに夢幻の心臓シリーズの要素が多く含まれているのと同様に、クリムゾンにはドラクエシリーズの要素が多く含まれている。
- ドラクエに夢幻の心臓シリーズにはない要素があるのと同様に、クリムゾンにもドラクエシリーズにない要素が存在している。
クリムゾンII▼
- クリムゾンIIにもドラクエシリーズに類似した部分がある。
- その一方で、各登場人物を章ごとにプレイして最後に集めるストーリー展開は、ドラクエIVよりも前に実現している。
- 国産のAI風戦闘システムとして「ティルナノーグ」は話に欠かせない重要なゲームのひとつ。
ファミコンRPGのパソコンRPGへの逆輸入的な動きについて▼
- 1980年代後半から、パソコンRPGの良いところや独自の要素は残したまま、一部にファミコンRPGの要素を逆輸入的に取り入れる動きがはじまる。
- 「ドラゴンスレイヤー英雄伝説」は確かにドラクエに似ているが、ドラクエ以前のPCゲームの良い点も多数ふくまれている(ビジュアルシーン、充実したセーブ・ロード、戦闘中のHPの表示、マップ上のキビキビとした素早い移動、など)。
- 逆輸入的な動きはあったが一方的だったわけではなく、RPGはファミコンとパソコンとで相互補完的に発展していったと言えると思う。
要約:ドラクエ開発時に参考にできた要素について
この文章ではドラクエの開発がはじまった時期のPCRPGについて述べている。
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国産RPGの戦闘メッセージ▼
- ダメージを受けた、与えたという表現は様々なRPGで初期から使われている。
- 現れた、手に入れた、正体をあらわした、のような表現は夢幻の心臓シリーズで使われていた。
- RPGでの経験値という表現もPCゲームではほぼ定着していた。
マップチップの描き方▼
- 海外では記号的な表現が主流であったのに対し、国産RPGは少しずつカラフルで鮮やかな色彩の絵で表現する方向へ発展していった。
- ドラクエ開発開始の時期には絵を交互に配置するところまで進化していた。
モンスターの絵柄▼
- 夢幻の心臓がイラスト風の絵柄なのに対し、ドラクエは漫画風の絵柄。
- ドラクエ以外のモンスターの絵が全て洋風だったわけでも、ドラクエの全てのモンスターの絵が和風だったわけでもない。
- 当時のCRPGではスライムの弱いイメージは定着していた。
ステータス表示▼
- 一部で言われている「当時のパソコンRPGでは詳細なステータスを表示する必要はなかった」というのは明らかな間違い。
- ハイドライドIIや夢幻の心臓IIでもステータス表示は普通に存在していた。
- 当時のパソコンゲームでは、クラシックをベースにしたBGMがよく使われていた。
- 漫画家やミュージシャンやアニメ制作会社などの他分野のプロの起用もされはじめていた。
タイトルについて▼
- タイトルに「ドラゴン」とつけるゲームは当時からけっこう存在していた。
- ファミコンにはタイトルに「ドラゴン」がついているゲームが多数あるが、ドラクエのタイトルの影響だと明確に言えるものはほとんどない(仮にあったとしても3〜5本程度)
- 「クエスト」という単語も当時から海外ではよく使われていて、その一部は国産PCへも移植されている。
- ドラゴンと戦士が対峙する構図のパッケージイラストはD&Dのオマージュと言われているが、当時のRPGなどで流行していた表現でもあった。
操作体系▼
- 夢幻の心臓IIはドラクエと同等に操作しやすかった。
- 接触した対象に応じた動作が自動的に行われる点や、プレイ中にもメッセージの速度を変えられる点、ななめに移動できる点など、ドラクエよりも優れている点も多かった。
- カーソル移動式のメニューは初代「夢幻の心臓」でも採用されていた。
- 関連して話題にされることがある「オホーツクに消ゆ」は、コマンド選択式を採用した最初のAVGではない。
- AVGにRPGパートを持たせるアイデアも「軽井沢誘拐案内」より前に存在していた。
プレイヤーの名前▼
- 最初につける名前でパラメータが変更される仕組みとしては、当時「ザナドゥ」の隠しネームが有名だった。
日本語表現の工夫▼
- 「夢幻の心臓」シリーズでは、丁寧な日本語の表現が使われていた。
- 主人公を「勇者」と呼ぶことは、当時のPCRPGではよくある普通のことだった。
- 「夢幻の心臓II」では職業を「勇者」にすることもできた。
- 「勇者」と「魔王」という表現や構図も、すでに「ファンタジアン」や「アークスロード」で使われていた。
- 勇者のイメージも今とそれほど変わっていないと思う。
ストーリーを語る手法としてのRPGについて▼
- 「夢幻の心臓II」のNPCのセリフはドラクエよりも単純なものが多いが、挨拶のようなものばかりだったわけではない。
- キーとなるキャラクタが中心ではあったが、NPCのセリフでストーリーを描いていた。
- 「夢幻の心臓II」では仲間のシステムもうまく使ってストーリーを描いていた。
- 「地球戦士ライーザ」や「メルヘンヴェール」なども物語志向のRPGだった。
復活の仕組み▼
- ドラクエの開発が始まった時期には、死んでキャラクタがロストするゲームはすでに少数派になっていた。
- 「ハイドライド」のPC88ディスク版はいつでもどこでも簡単にセーブができ、セーブスロットも10個あって選択でき、死んでもセーブしたポイントから簡単にやりなおすことができた。
- 城で復活する仕組みは「ウルティマIV」ですでに使われていた(役割を王様に割り当てて死んだプレイヤーに注意もしているので、この要素はむしろ既存のRPGのアイデアをそのまま使っている部分のひとつ)。
- パスワード方式による復帰の仕組みも「ハイドライド・スペシャル」や、MSXの「ROM版ハイドライド」ですでに使われていた。
漫画的な表現▼
- 「ザ・スクリーマー」はパッケージや文章表現などが漫画を意識した作りになっていた。
- 原作漫画とほとんど遜色のない画像やセリフが使われたゲームも存在していた。
スタート地点の工夫▼
- 夢幻の心臓IIのスタート地点は、うまく街や城へ誘導する形になっていた。
- ドラクエとは別の意味で、よくできたデザインになっていると思う。
序盤のレベルアップ▼
- 夢幻の心臓IIも序盤は比較的レベルが上がりやすくなっていた(ドラクエより若干多くの戦闘は必要だが)。
- レベルアップ、能力上昇、魔法習得などのタイミングは夢幻の心臓IIとドラクエで同じ方式が採用されている。
スタッフロールとエンディングの演出▼
- 当時のRPGのエンディングでは複数の絵を見せながら物語を印象的に描くビジュアルシーン風の手法がすでに採用されていた。
- ドラクエの発売時期にはスタッフロール(エンドクレジット)はそれほどめずらしくはなかった(ハイドライドII、ザ・スクリーマー、ブラスティ、デゼニワールド、ウイングマン2などで採用)
一本道か自由度か▼
- 初代ドラクエに限らず、当時のストーリー性のあるRPGは、一本道と自由度の両方の側面を持っていた。
戦闘シーンの視覚表現▼
- PCRPGの戦闘視点は初期から1人称視点と3人称視点の両方が存在していた。
主人公のセリフの表現▼
- ドラクエシリーズの主人公はしゃべらないと言われているが、初代ドラクエはエンディングで主人公のセリフが表示されていた。
- 当時からPCRPGの主人公のセリフの扱いにはいろいろなタイプがあった。
移動をサポートする魔法▼
- ウルティマIVには、ドラクエとは少し異なるが移動をサポートする様々な魔法が存在していた。
その他▼
- 売り上げについてはゲームそのもの以外の要素もかなり影響する。
- 当時のPCゲーム人口はヒット作からのおおざっぱな推定で数十万人の規模(70〜80万人くらいの可能性あり)
- ファミコンとパソコンではゲームの得意ジャンルが異なっていた。
- 遊びやすさやバランスの良さなどは、先例があったからこそのものだとも言える。
- ゲーム的でないファンタジー作品は他分野に多数存在していた(「リボンの騎士」「タイタンの戦い」「ネバ―エンディングストーリー」「アリオン」など)。
- 「歴史のもしも」は空想を楽しむものとみなすべき。
- 国産PCゲームではRPGのシステムをシンプルにする様々な試みがなされていた(ブラックオニキス、リザード、ポイボス、夢幻の心臓IIなど)。
ドラクエ以前から存在した要素▼
- 上であげたもの以外にも、初代ドラクエには、それ以前に存在していた国内外のゲームがもつ要素が多数採用されている。
- 具体的な手法は違うが、例えばBGMを変化させて状況を知らせたり、ピンチになるとステータス表示が赤色へ変化したり、2Dの地下マップで魔法によって一時的に見える範囲を広げることができたり、それが時間の経過とともに少しずつ元に戻ったりする仕組みなどは、それ以前の国産RPGでも採用されていた。
- 素晴らしいRPGを作りたいという情熱をもった開発者なら、その当時の最新のRPGについて調査しないはずがないと思う。
ハイドライドIIの宣伝で使われていた要素▼
- 剣や盾を持つとキャラクタの絵がそれを持ったものに変化する仕組みや、2DRPGでのマルチウィンドウ風システムの採用は、当時、T&Eソフトが「ハイドライドII」の広告で積極的にアピールしていた。
- 主人公は「人間の世界から神に選ばれたまだ心の汚れていない男の子」という設定になっていた。
夢幻の心臓IIの当時の評価▼
- 夢幻の心臓IIは、当時の雑誌記事で、しっかりメモなどをとって頑張れば必ずクリアできるゲーム、あるいは、マニア的になりがちなRPGの中で万人向けになっているゲーム、として紹介されていた。
おわりに▼
- 2016年の年末にNHKでドラクエの特番が放送されることが決まり、嘘や誤解が広がらないか心配していた。
- 放送自体は間違った部分などは見当たらず、無難な感じにまとまっていてほっとしたが、今後はぜひ当時のパソコンゲームの素晴らしさについても紹介して欲しい。
おわりのおわりに▼
- ドラクエは、方向性なども含めて当時の国内外のPCゲームの良いところをつめ込みまくって小学生向けに作ったファミコン用RPGと言えると思う。
要約:関連して書いたその他の文章について
初期の国産パソコンRPGとAVGの発売時期▼
- 1980年代の国産PCゲームを中心に、各ゲームの発売時期をまとめた。
- 偏りはあるが、続きとして1990年代前半の国産PCゲームもまとめた。
ドラクエの開発者による1985年の記事について▼
- 月刊ログイン1985年12月号には、堀井雄二さんの名前で書かれた記事が掲載されている。
- あくまでもゲーマーとしての意見だが「マネッコだといわれてもいいじゃないか 」「オリジナリティーなんてなくったっていい」と書かれている。
- 記事には「ウルティマ」や「ウィザードリィ」などを組み合わせたゲームで遊びたいという趣旨の文章がある。
- ただし、そこで提案されているものは「ドラクエ」とはかなり異なっている。
- 最近のゲームの歴史の話については、いろいろと思うところがあるので、それも書いてみた。
初期のPC用アクションRPGについて▼
- ゲーム語りの基礎教養の第3回と第4回にも一部に違和感が残るためメモ的に文章を書いた。
- ハイドライドもザナドゥも前半は中学生くらいなら十分楽しく遊べるゲームだった。
- 接触すれば会話できるシステムは「イース」の前に「夢幻の心臓II」で採用されていた。
プレステ以前のパソコン3Dゲーム▼
- あたりまえのことだが、プレステの発売前にも3Dポリゴンを使ったゲームは存在していた。
シミュレーションRPGに関連しそうな昔のパソコンゲーム▼
- 「ファイアーエムブレム」には「ファーストクィーン」の要素が多数採用されている。
- パソコンゲームの分野では、シミュレーションゲームでも多くの工夫がなされていた。
初期のアドベンチャーゲームのアニメーション効果と移植について▼
- WILLのアニメーションは確かに素晴らしかったが、それ以前にも動きを演出する様々な工夫はなされていた。
- 「シャーウッドフォレスト」にはゲーム本編に目パチの演出があり、移植したスタークラフトはローカライズで様々な工夫をする企業だった。
※「言霊が使える人」といえば夢幻の心臓IIのシルヴィア王女(言霊使い)ですね。
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